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2009年08月18日

余部鉄橋・そして急行だいせん最後の夜

「余部鉄橋まだかな・・・・まだかな・・・・」

そう思って待ち続けていたが、心地よいレールの響きが、

まるで子守唄のように感じ始めた。まずい・・・。


その時だ。線路の音が急に轟音になったかと思ったら、

その一方で、突然海の景色が開けて漁火が見えた。

鉄橋を渡りながら、視界をさえぎるトラスもないことに

一抹の不安を感じ、それでも景色の美しさに感動した。

都会の夜景とは似ても似つかない、特別な“夜景”に。


それから暫くは「和風列車みやび」事故の事を考えていた。

やがて香住駅に到着し先日の合宿地「竹野」が近づいた。

ほぼ真っ暗な竹野駅を通過する所までは起きていたが

興奮を覚えながらも眠気には勝てず、しばらく僕は眠った。

そして次に目ざめたのは丁度福知山駅に着く直前だった。


時刻は午前3時30分ごろ。野生の感とでも言うのか・・・。

到着予定5分前だった。


福知山駅には30分以上停車する。

だから、またしばらくは訪れることのなさそうなこの駅を

もう一度しっかり目に焼き付けておきたい!そう思った。

そして、急行だいせん号は福知山駅に到着した。


駅本屋だけが煌々と明るく、ホームには最低限の灯り。

確かに、こんな真夜中に降りる人はほとんどいない。

作業が出来さえすればいいのだろう。


この度も旧型客車は健在だ。「先日竹野で乗った奴かな」

その確率は高くない。

でも、この風景をいつまで見られるのかなぁ。

そう心配する思いでいっぱいだった。


そうして思いを馳せているうちに30分は過ぎていった。

午前4:08。福知山駅の始発列車?急行だいせん発車。

僕はこの夜にやりたいと思ったことすべてをやり終えて、

思い残すことなく眠りについた。


言うまでもなく、目ざめたのは大阪駅到着を案内する

車内放送でのことだった。


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2009年08月16日

高2の鉄道旅行記 ついにラストナイトVOL.3

まもなく急行だいせん号になる快速列車。

米子以東の区間ではいわゆる終電的存在なので

日付が変わる前の倉吉駅までは大混雑列車だ。

でも僕は自分の席に着くことができたので左の車窓を

じっと眺めて鉄道旅行最後の夜を楽しんでいた。


赤碕を過ぎたあたりから海の向こうに漁火が見える。

だが、線路は徐々に内陸に入り、海は視界から消えた。

やがて天神川鉄橋を渡り、速度を落とし倉吉駅に到着。


大混雑の車内で立っていた人たちはここ倉吉で皆降りた。

こうして、正真正銘「急行だいせん号」となり、

すっかり落ち着いた車内で一転して静かな夜になった。


倉吉駅を出てすぐ、左側に波立つ水面が見えた。

あれっ?もう海に出た?と一瞬思ったが、東郷池だった。

停車した松崎駅の前後では線路から東郷池が見え隠れ。

温泉ホテルの灯りが奇麗だったがすぐ見えなくなった。

それと同時に日付が変わり、最後の夜は最終日に突入。


急行になってからのこの列車はうってかわって通過駅が

多くなり、わずかな照明しか点いていない駅をスルーした。


海はもう見えないのかなぁと思っていたが、

気付いたら鳥取駅についてしまい、望みは絶たれた。

0:39。定刻通りに鳥取駅出発。

少し眠かったが、そんな目をこすりながら車窓を追った。

すると、一旦内陸部に向かった線路は再び海へと

向きを変えて行き、岩美駅を過ぎてしばらく経った頃、

また漁火が目に入ってきた。

「イカ釣り漁船かな」 そうつぶやきながらずっと見ていた。


列車は浜坂駅に着いたが、駅は急行だいせんの

ホームだけが明るく、別のホームに旧型客車の編成が

たたずむその姿をぼんやりと映していた。


列車はまもなく出発し、僕がどうしても見たかった場所、

余部鉄橋に向かっていった。

余部鉄橋・・・半年ちょっと前の年の暮れ、和風客車の

「みやび」が転落する事故が起きた場所。

昨年の夏の旅行の際にはそんなこと考えもせず、

この場所自体気にも留めずに通っていったが、

今年は「どんな鉄橋なのか確認しておきたい」と思い、

眠い目をこすりつつその時を待った。



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2009年08月15日

高2の鉄道旅行記 ついにラストナイトVOL.2

松江駅ホームの上で出雲市方面をじっと見つめていると

遠くから二つの灯りが見えてきた。やや低い位置のライトだ。

そう、DD51機関車に違いない。急行だいせん号の到着だ。


ブオオォォォォーーンと大きなエンジン音の機関車に続き、

12系客車が入ってきた。1両・・・2両・・・・・・3両。

4号車がちょうど目の前で止まり、3号車以降の14系寝台は

チラッと見えただけだった。


まずはいつも通りデッキの手すりに輪行袋をくくりつけ、

自転車が倒れないようにしっかりと固定する。

それから自分の座席に行かなければ・・・。

8番A席・・・・あ、ここか。えぇ〜〜っ!人が座ってる!

そうだ、米子駅までは自由席なのだ。

この列車には通勤客など、様々な人が乗車して混雑。

仕方がないのでその近くで偶然にも空いていた席に

一時的に座って米子に着くのを(または空席になるのを)

じっと待つことにした。

ちょっと盲点だった指定席事情。ちょっと辛いものがある。


しかし、ありがたいことに安来駅を出て気が付くと、

僕の指定席はすでに空いていた。どこかで降りられたのか。

それで米子駅到着の一足先に自分本来の席に移動できた。

ホッとして、大きいカバンを棚に上げ、小さなポーチだけ

手に持って座りながら夜の景色を見つめた。

時刻表を開いて米子駅での停車時間を確認した。

到着は22:04。で、出発は22:42。停車時間は38分。

これはもう一度ゆっくり米子駅での時間を味わえる!

そう思いながら米子に到着するのを待った。


DD51の汽笛が鳴り、駅に滑り込んだ急行だいせん。

たくさんの乗客の姿が見える。

すでに満員状態の列車だが、この駅から快速扱いで

指定席が有効になるからか、立ち上がる人が多かった。


列車が止まりかけた頃、どこかで見た顔の人が・・・・

「あ、板倉君だ!」

なんと、隠岐の島・布施村で一緒に過ごした板倉君が

僕の帰りの列車を「隠岐の親友」に尋ねて来てくれたのだ。


僕は急いで駆け降りた。

「うわぁ、来てくれたん?」

「そうそう。ここ、長く止まるし、ラーメン食べに行こうよ」

そう言って、駅前右の方にいった所の店に案内してくれた。

まだ一月も経っていない、隠岐での思い出に花を咲かせ、

おごってくれたラーメンをいただきながら20分程過ごした。


あぁ、早くもお別れのときが来たなぁ。

思いがけず会えた友との再度の別れに予想外の寂しさを

感じながら列車に乗り込み出発時間をカウントダウンした。

こういうときに12系客車はすごくいい。

わずかに窓を開け、最後の瞬間まで言葉を交わせる。

「なにかプレゼントできる物ないかな」 と探したが、

見つかったものといえば青春18きっぷチラシくらい。

僕はそれに小さくサインして窓から手渡した。「あげる」



板倉君は「よくわかんないけどありがとう」と言って、

受け取ってくれたが、あのチラシは今どうなっているかな。

そうしてDD51の響きが聞こえ、急行だいせんは出発。


あぁ、思い出の米子駅。そしてひと夏の友、板倉君。

僕の高2の夏の思い出、ありがとう。


車内には倉吉までの快速運転の利用客がまだたくさん

通路を埋めるように立っていた。

なんだか疎開列車のような雰囲気もあるが、

自分がこうして座れているのだからそれも違うかな?

なんて、色々考えながら倉吉駅までの時間を楽しんだ。


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2009年08月14日

高2の鉄道旅行記・ついにラストナイトVOL.1

松江の藤田さんのお宅で旅行中最後の夕食をいただき、

僕は最後の帰り支度を整えていった。

今夜の宿泊場所は急行だいせん。号数はない。

昨年は6号だったが、今は夜行一往復だけになったのだ。

そして、昨年乗ったちょっとリッチ気分の20系客車も

置き換えられて、座席車は12系客車に変更された。

正真正銘の急行型。分相応の車両だ。

一方、寝台車両はブルートレインの14系。分不相応?

いろいろと変化はあった急行だいせん号だが、

僕にとっては大好きな客車列車で鉄道旅行を楽しめる、

そのことだけで十分満足だった。

急行だいせん号指定券(よく見ると米子から・・・)

この急行だいせん号について少し補足したいと思う。

当時6両編成で、大阪側から自由席1両、指定席2両。

そしてB寝台車3両の編成だった。

12系客車にはテールマークを掲げる幕がないので、

内照式の箱のようなテールマークが付けられていた。


そして、列車の始発駅は出雲市だが、

出雲市駅〜米子駅間は普通列車、さらに倉吉駅まで

快速列車扱いとなっていた。

そのためか、指定券をよくみると米子からの指定席。

つまり、乗車駅である松江駅から米子駅までは自由。

この事実に気付いたのは実際に急行だいせん号に

乗車してからのことだった。


さて、藤田さんは親切に松江駅まで車で送って下さった。

おかげで、この駅前で自転車を解体したり輪行袋を

広げたりせず、まっすぐ改札に向かうことができた。

藤田さんに心からの感謝と別れを告げ、通路を進んだ。

手回り品切符。行き先が高槻になっているのは「どこでもよかったから」

改札前の窓口で手回り品切符を発行してもらい、

階段を昇ったが、旅行に出た時にあれほど痛かった

日焼けの肌もすっかり冷めて少しの痛みもなかった。

つまり、それだけ時間経過した長い旅行だったと実感。


この階段は痛みではなく疲労のため長く感じたが、

僕の乗る4号車がちょうど真ん中あたりだったため、

階段を上がってすぐの位置で本当にホッとした。

やはり、長い旅行の最終日に自転車で日御碕まで

往復したのはちょっと過密スケジュールだったか。


そうして荷物をホーム上に置き、急行だいせん号の

到着を待ったが、そんな僕の隣りには自販機があった。

そう、興味がわくだけで実際に買うことのなかった一品、

二十世紀梨ドリンクの自販機だ。こいつともお別れだ。


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2009年08月10日

山陰本線・乃木駅に途中下車

ローカル線の田舎の駅に降りてみたいという思いで、

ふと降りてみた乃木駅。

しかしそこは、松江駅の西隣りという通り、

決して田舎の駅ではなかった。


松江市郊外の住宅地の駅で、街路樹がきれいな

通りが駅前からも見える、素敵なところだった。


何気なく降りただけだったが、こうしてちょっと下車して

初めて感じられる街の風景を味わう時間も悪くないな。

そんな思いがしたひと時となった。


そして、降りてみるまで知らなかったことだが、

乃木駅は日本で初めて女性駅長が誕生した駅として

知る人ぞ知る駅だそうだ。

駅構内にはちゃんとそのスタンプも設置されていた。


こうして1時間ちょっとの時間を過ごしてから、

次の列車256Dがやってくるのを迎えた。

わずか一駅だが、先ほどとは違うエンジン音を聞き

列車の旅を楽しむことが出来た。


松江駅に停車した列車は11分間の休息をとる。

いかにも時間にとらわれないローカル線らしい光景だ。

その間僕は列車から降りて、見送る準備をしていた。

自販機の二十世紀梨ドリンクに興味は沸きながらも、

手が伸びることはないまま、時間が過ぎていった。


扉が閉まり、エンジンが回転数を上げると出発した。


僕は階段を降りて改札を出た。

そしてまた、自転車を組み立てて藤田さん家に行った。


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2009年08月03日

大社線の帰りと山陰本線客車の旅

たった3駅しかない大社線を脳裏に焼き付けようと、

僕は景色をじっと見ていた。


しかし、とにかく田舎町を絵に描いたような田園風景。

田舎道にポツリポツリの家屋たち、軽トラック。

そしてたまに見える郵便局とわかる建物など。

そんなわけで、なかなか印象に残るものがなかった。


そんな中、数少ない記憶の一つは「荒茅駅のホーム」。

枯れススキがたくさん揺れていて、山陰に訪れた、

一足早い秋のイメージが今でも残っている。


さて、出雲市駅に着いた156Dを降りた僕はゆっくりと

山陰本線の上りホームに向かった。

米子行きの電車が出てしまって間もなかったが、

僕にとってはそれが幸いした。

それは、次に来る列車が客車編成だったからだ。

DD51に牽かれて426列車がやってきた。


僕は客車列車に乗るとき、お気に入りの場所がある。

それは編成の出来るだけ後の方だ。

そこは機関車からのエンジン音は少ししか聞こえず、

車輪が線路の継ぎ目を踏む響きが心地よいリズムで

「コトンコトン・・・コトンコトン・・・」と軽やかに聞こえる。

そんな客車ならではの鉄道旅行が大好きだった。

そんな喜びを味わいつつ松江駅に向かった僕だが、

時刻表を見ながら「どこか田舎の駅で降りてみようかな」

と、ふと思い立った。

とはいえ、来待駅を過ぎた時点で玉造温泉駅はちょっと

田舎っぽくないしなぁ、ということで乃木駅で降りることに。
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2009年07月29日

日御碕まではいったい何キロ?

JR大社駅前から颯爽と駆け出し、北上を始めた。

日御碕という案内看板が随所に掲げられていて、

8Kmと表示されていた。

「磁束30キロで走りきれるかな。15〜16分でいけるか」

なんて思いながら自転車で走っていった。


そして、約5分経過した頃再び「日御碕」の看板が。

なんと「ここから8KM」と書かれているではないか。


残り10分くらいで着くかと期待したところが、

これでは一歩も進んでいないような気分ではないか。


そしてさらに2分後。

「日御碕まで8キロ」という看板。

いい加減にしてくれよ!とがっくりしながら

ゆっくり進んだところ、「7Km」の看板が出てきた。


結局のところ全体で25分ほどかかって到着。

いったい何キロあったのか分からなかった。


そんな不思議な思いで走った道だったが、

目的地の日御碕の景色は最高だった。

ウミネコたちが飛び回り、絶壁の海岸らしい風景。

そして白亜の灯台はかなり高くて周辺を一望できる。


帰りには香ばしい匂いに誘われて旨いイカ焼きを食べ、

露店の間をすり抜けるようにして帰りの道路に出た。

自転車を押しながら歩く所が他の旅行者とは異質だ。


帰りはできるだけ道路案内標識を見ないように意識。

ひたすら走ることに集中した。

すると意外なことに20分かからず大社駅まで戻れた。

途中、一畑電鉄の駅前を通った時戸惑いを感じた。

そんなところに駅があるとは思いもしなかったからだ。

しかし、その前を通り過ぎてもう少し行ったところに

JR大社駅があった。


帰りに乗る156D列車が出るまでにはまだ時間がある。

自転車を輪行袋に詰めた後、じっくりと駅を眺めた。

「この路線まで廃止対象になるなんてなぁ。」

少し前まで急行だいせん他、優等列車も走った路線。

本当にわからないものだ。


帰りの156Dがやってきた。というか、155Dがそのまま

折り返し156Dになるのだが。

と、よく時刻表を見ると気づいたことがあった。

朝から晩まで、1編成を折返し運転するだけで、

すべての運用をまかなえてしまうではないか。

ならなおのこと、車両保全費用も低くてすむのだから、

残しておいても良かったのではないかと思ってしまう。

CCF20090728_00001.jpg
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2009年07月26日

最初で最後の大社線の旅

松江に来て親友紹介の藤田さんの家に泊めてもらった。

とても優しい老夫婦で、おいしい朝食と果物たっぷりの

デザートをいただいいて、出発の準備を始めた。


準備・・・とは、大社線に乗って大社駅そして日御碕へ

ミニ旅行に行く準備だ。


自転車に乗ってまずは松江駅に向かう。

そして、早速分解して輪行袋に詰め込んだ。

肩に荷物を掛けて窓口に行き、大社行の切符を買った。

CCF20090726_00000.jpg

9時47分、出雲市行きのディーゼル車は走り出した。

この日も爽やかな快晴の天気だった。

乃木駅を出て少し行くと目の前に宍道湖が広がった。

静かな湖面を眺めていたが少し遠ざかっていった頃

玉造温泉に着いた。


この、〜温泉という駅名がすごく久し振りの感じがした。

小学校6年生の時の北陸・能登旅行で通った2つの駅、

芦原温泉駅と加賀温泉駅以来だと思う。

ちなみに、直前に行った城崎温泉駅は当時「城崎駅」だった。


話は旅行の様子に戻るが、玉造温泉駅を出発すると

線路は再び宍道湖に沿って心地よい景色の中を進む。

その風景は宍道駅のすぐ手前まで続く。

湖が見えなくなり、替わって少し出雲空港が見えた。

列車は斐川町に入り、荘原駅、直江駅に止まり、

やがて一畑電鉄の線路が合流・平行してすぐ、

10時31分、定刻通りに終点出雲市に着いた。


第3次廃止対象路線として承認が下り、

存続期間が秒読み状態となったためどうしても

この機会に乗っておきたいと思った大社線。

次の大社線が出発するまでは22分の余裕がある。

まだ立体高架になっていない出雲市駅を散策した。

そして大社線ホームへ。


10時53分、151Dは出発。単行気動車がコトコト走る。

あっという間に町中を離れ、田んぼの真ん中を進み、

出雲高松駅に着いた。ここまで約4キロ。

最初の駅だがここまで来れば路線のほぼ半分近い。

そして、4分かかっていることから平均時速60キロと

わかるのだが、改めてホントにゆっくりと実感した。


荒茅駅、そして大社駅と進んだ列車はもう終点だ。

荘厳な建物の大社駅で単行気動車を降り、駅を出た。

ふ〜っと息をつき、ちょっと休憩して輪行袋を開けた。


もうこの作業を何度繰り返しただろう。

組み立ても随分早くなった。

さぁ向かうぞ、日御碕!

posted by smilykaz at 23:00 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(1) | 高2鉄道旅行・隠岐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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