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2009年04月03日

国鉄最後の夏祭りの終焉

大阪駅に到着した急行だいせん6号はゆっくり休息。

寝起きの頭で、僕はぼんやりと列車の姿を見つめた。

20系の深い紺色の急行だいせん見納めとは知らず。

また、だいせん削減が近づいているなど夢にも・・・。


しかし、余韻を十分に味わった後列車は出て行った。

僕は、重い荷物と自転車の輪行袋を肩に掛け、

大阪環状線ホームに向かった。

天満、桜ノ宮、京橋。

京阪電車にはここで乗換えだ。


階段を降りて改札を抜け、左に行くと京阪京橋駅。

一番右の長〜いエスカレーターでホームに向かう。


疲れきった僕を迎えてくれたのは、三条行き急行。

当時まだデビューして数年だった、6000系だ。

樟葉駅までの道中、ぼんやり外を眺めた。

守口市、寝屋川市といつものように停まり、

寝屋川車庫の横を通り過ぎると香里園。

何だか随分この景色を見ていなかった気がする。


枚方公園を過ぎると枚方市駅だが、高架工事の

真っ最中で何ともすごいごった返しようだ。

天の川という何ともロマンチックな名の川を越え、

御殿山、牧野を通過。

我が家は見えないが母校の牧野小学校は見える。

船橋川を渡るともう樟葉は目の前だ。

駅前のセンチュリータウンの向こうに松坂屋。

ついに樟葉駅に到着。

僕の高一夏の鉄道旅行は終わりを告げた。

posted by smilykaz at 02:15 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

記憶がうっすら だいせん6号の旅

鉄道旅行も最後の夜、夜行急行だいせん6号で最後。

米子駅での鉄道写真撮影会を存分に楽しみ、

その間、柱に縛り付けておいた自転車を解きに行き、

帰りの乗客としての準備が整った。

CCF20090301_00000.jpg

ディーゼル王国・山陰とはこれでお別れかと思うと、

むしょうに寂しさがこみ上げてきた。

そんな気持ちを知ってか知らずか、DD51&20系の

重厚な編成の列車がやってきた。だいせん6号だ。


発車まで少し時間があったが、まずは座席の確保。

帰りの列車はもうお盆休みを過ぎていたからか、

それほど混雑はしていなかった。

だから輪行のためのスペースも余裕があり、

安心してデッキ部分にくくりつけておいた。


22:34。 定刻通りに米子駅を出発。

線路の向こうでは先ほど撮影した、いそかぜ号が。

さよなら山陰!さよなら〜さよな・・・・・


そんなふうに、ものすごい勢いで爆睡してしまった。

目ざめた時にはもう和田山。

薄暗い駅のホームにゆっくりと列車は滑り込んだ。

そして、何事もなかったかのように走り出す列車。


その後、福知山や篠山口を通り、大阪へ。

帰りの道中は時折目を覚ましたものの、ぼんやり。

終点まで乗った急行だいせん6号の旅は、

記憶がうっすらとした、あっけないものだった。


posted by smilykaz at 14:50 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

国鉄米子駅の夜

国鉄山陰本線米子駅。1986年夏。

そこは間違いなく山陰の中心駅だった。

CCF20090327_00000.jpg

前年3月14日のダイヤ改正で特急まつかぜ号を

二つの列車に分断した際、ここ米子で切ったこと、

  ・大阪〜米子・・・まつかぜ。

  ・米子〜博多・・・いそかぜ。

となったことからよくわかる。


また、真っ先に電化された伯備線からの入口という

地の利も関係しているのかもしれない。


いすれにしても非常ににぎやかな印象で、

ちょっと昔の旅のターミナルを感じさせてくれた。

CCF20090327_00002.jpg

ディーゼル特急 おき、まつかぜ、いそかぜ 他、

キハ181が行き交う駅。

間を縫うように電車特急やくも が花を添える。

また急行の姿やヘッドマークつきのライナー系快速。

わくわくするような時間が過ぎていった。


その中で、とりわけ僕の思い出となったのは、

特急いそかぜ停車中の(ホームから離れた)線路上、

ヘッドマークの交換をしていた作業員さんが、

「近くで写真撮りたいの? いいよ降りてきて」

と、思いもしない声を掛けてくださったのだ。


ヘッドマークにも触れることが出来、写真も撮れた。

(仕上がりは・・・・暗くて・・・・残念。)

でも忘れられない体験に本当に感謝。

CCF20090327_00001.jpg

最後にやってきた列車は、ふれあいSUN-IN。

デビューしたばかりのジョイフルトレインだった。


こうして、米子駅の鉄道写真の宴を終えた僕は、

帰りの列車、だいせん6号の到着を待つことにした。
posted by smilykaz at 17:31 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

鉄道の旅はやっぱりええなぁ −境線−

隠岐の島からのフェリーの旅もなかなか楽しかった。

それでもやはり鉄分に飢えていたようだ。

島根県と鳥取県の県境にある境水道大橋を渡り、

境港駅が見えたとき本当にホッとしたのだ。

CCF20090324_00000.jpg

現在すでに建て替えられたらしいが、こじんまりとした

何の変哲もない小さな駅があの日、僕を迎えてくれた。


駅舎の左の方、境線の車両が見える位置で、

僕は自転車を解体して輪行袋に詰めながら、

これから乗るであろう列車を見つめていた。


列車と言っても2両編成のキハ40。

単行でも走れるが、この時は“列車”となっていた。


境線の終点、そして終端駅である境港駅。

いつもなら線路の果てを目指して、たどり着くが、

今回は線路の果てから乗る、不思議な感覚だ。

終端票.jpg
                 (写真は境港駅のものではありません)

僕が乗り込んだ列車がエンジンを響かせながら

米子を目指して走り始めた。


砂州という特殊な地形で全国的に有名な弓ヶ浜を、

のんびりと走るこの路線は景色も美しく、心地よい。

余子、高松町、中浜と進み、右手の方、松林の奥に

米子空港が見えてくる。懐かしのTDAの飛行機・・・。


河崎口に着く頃には街の雰囲気が広がっている。

もう米子駅もかなり近くなっているのだろう。

町の中ではスピードを落とし気味に走っている。

富士見町、博労町を過ぎると終点の米子だ。


地方都市のターミナル駅。

ディーゼル車の香りプンプンする、国鉄テイストの駅。

到着したのは夕方。

少し暮れかかっているが、これからが撮影会だ!

タグ:境港駅 境線
posted by smilykaz at 23:31 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月01日

鉄道の香り漂う本土への帰還

国鉄最後の夏、1986年。

夏休みの多くを離島の隠岐の島で過ごした僕だが、

島であるおじさんと知り合った。

そのおじさんによると、「おき西郷港」の窓口に行くと

国鉄の指定券を買うことが出来るらしい。



そう聞いたので早速行ってみることにした。

「船の切符売場やのにマルスの機械があるんかな」

とかなんとか思いながら行ってみた。

CCF20090301_00002.jpg


そしてついに窓口。

「21日のだいせん6号、指定席で米子から大阪・・・」

と言ったところ、

「わかりました。暫く待ってくださいね。」とのお返事。

そしてその人は突然どこかに電話を掛けはじめた。

「え?どういうこと?・・・・・ん?」

すると、約2分後に「取れましたよ」とのこと。

そう、ここにマルス端末などなく、米子駅に電話して

空いていたら切符を作るという方式なのだ。



それでもしっかり国鉄券の模様が入っており、

今でも貴重なコレクションの一つとなっている。

CCF20090301_00000.jpg

さて、その切符を使うときが近づいていた。

帰りのルートだが、再び七類行きの船に乗り、

島根半島と弓ヶ浜の境港市を結ぶ境水道大橋

自転車で渡り、境港駅から境線に乗ることにした。



隠岐の島から本土に渡るにはマリンスターという

高速船を使うと速いのだが、何しろ値段が高い。

今ではそのマリンスターに代わりレインボー2

その役を担っているが、フェリーももちろん健在だ。

僕はのんびりのフェリーおき を利用した。



2時間半に及ぶ船旅はPL学園対帝京高校の中継で

あっという間に過ぎた。

ノーヒッター芝草宇宙はここで打ち込まれた。



七類港から境水道大橋は近いものらしい。

確かに走り始めてまもなくにその橋が目に入った。

しかし!そこからの上り坂は14%!

その後今に至るまで標識に14%なんて数字が

表示されているのを見たことはない。

とにかく強烈なインパクトある坂をのぼって橋へ。


今はどうか分からないが、その時は自転車も

通行料金を30円だったか・・支払った。


そして坂を下って右へと曲がると境港駅に到着。

ついに久々の鉄道を味わえるときが来た。

長い長い夏の旅行が最後の鉄道編で

締めくくられようとしている。

posted by smilykaz at 22:26 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

鉄道から隔絶された地  隠岐の島

1986年夏。

その休みの期間を思いっきり、隠岐の島で過ごした。

鉄道のかけらも無い場所。

離島だから当たり前だとは分かっていても、

僕の今までの常識からは考えられない状況だった。



本州本土から船に乗って、60KMも離れたこの地。

すべてがフェリーを基準にして動いている。

例えば、新聞の朝刊。

フェリーが七類から到着する11:30以降に配り始め、

配り終わる頃には2時を回っている。

つまり、テレビ欄の半分はすでに放送終了後。

そんな風に、本土に依存する分野は船が基準。



とはいえ、僕が行った西郷町(現:隠岐の島町)は、

中規模のショッピングセンターがあり、病院もある。

そこそこ、町の中で生活が成り立つ。

同じ「島後」にあった他の3村を支える存在の町。

だから隣りの群島「島前」の様子よりずっと近代的。



でも、僕にとっての基準はやはり鉄道。



実は、そんな西郷で思いがけず鉄分の感じられた、

瞬間があった。

それは、本土への帰還編で。

posted by smilykaz at 00:00 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

急行だいせん5号の次はフェリーおきじ の旅

国鉄松江駅で急行だいせんに別れを告げた僕は、

初めての鉄道旅行アイテム、「自転車 輪行」を活用。

組み立てて七類港を目指した。



山陰らしくない?、燦燦と輝く陽気の中、僕は走った。

初めての、なれない土地ということもあって、

新鮮な思いと不安な気持ちが交錯する。

特に、道路が小高い丘や林の中をひたすら進む時、

また道幅が急に狭くなっていたりしたときも、

「ほんまにこの道でええんかなぁ」

なんて思えてきたりもした。



でもとにかくまっすぐまっすぐ進んでいくと

「↑七類港」 の、看板が現れた。

「よかった〜。ほんま、よかった〜。」

安堵の思いでペダルをゆったりこいだ。

CCF20090214_00000.jpg

フェリーおきじ は、思ったより大きかった。

七類の港は人で賑わい、たくさんの帰省客が

列を成して並んでいた。



僕も急いで自転車を解体して、輪行袋に詰めた。

そして、券売所へ。もちろん雑魚寝の2等席だ。

テレビでは、ちょうど真っ盛りの高校野球の放送。

この夏の注目は帝京高校の芝草宇宙。

前評判どおりこの大会でノーヒットノーランを達成。



高校野球も捨てがたかったが、それよりこの船旅。

鉄道旅行が最高なのは承知の上、この船旅の味も

しっかり味わっておきたかった。


まず、風。特急旅行には無い味わいだ。

そして、海の香り。そして、なんと「とびうお」!

そんなひとつひとつが素晴らしく、

2時間半たっぷりそれをあじわった。


フェリーは隠岐の島へ。

西郷港に到着し、早速自転車を組み立てた。



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posted by smilykaz at 21:49 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

夜行急行だいせん5号の旅 続編

CCF20090212_00000.jpg

深夜の、国鉄 福知山駅。

大阪駅や京都駅で鉄道写真を撮り回っていた僕に、

この福知山という地名はとっても馴染み深いものだ。

「いつか行く場所に違いない」そんな気さえしていた。

そしてついにその日が来た。


この長時間停車の間を利用して福知山駅前に

出てみたが、真っ暗になったバス乗り場以外、

なにも見えないという感じ。


ふたたび改札からホームに入り、目の前の1番線に

停まっている旧型客車の編成を眺めた。

「この車両、いつまで現役でいてくれるんやろなぁ」

CCF20090212_00001.jpg

室内の灯りは消えていたが、テールランプが綺麗。

がんばれ〜!とエールを送りながら別れを告げた。


そして、いよいよ休憩を終えた急行だいせん出発。

まだまだ夜は長い。


ゆったり、静かに走ってきたDD51がうなり声を上げ、

勢いづくように走る。夜久野峠だ。

ここで京都府から兵庫県に入る。


この先には関西鉄道ファンに馴染み深い別の駅、

和田山駅がある。今は和田山町でなく朝来市という。

到着してみると先ほどの福知山駅に輪をかけて

静寂! この静けさを見ると、そろそろ眠気が・・・・


手荷物をひざの上に載せて、その上にうつぶせる。

こうして、急行だいせんの旅一日目の夜は更けた。


大きな地図で見る

気が付いた時には鳥取倉吉どころか、赤碕あたり。

山陰の朝は遅いとはいえ、夏真っ盛りの8月。

もう明るくなり始めている。


左側には雲がかかった大山が見えてきた。

本当に山陰に来たんだなぁとあらためて感じた。


そうこうしているうちに米子駅に到着した。

一晩ぶりに見る電車は伯備線のものだろうか。

境線の単行気動車も留まっている。



ここまで来れば残りはわずか。

急行だいせん自体は出雲市まで行くが、

あくまでも僕はフェリーに乗るために松江まで。

米子を出て、安来節の安来市に入ると島根県。


もうすぐ松江駅!

米子駅を見たときの、「地上型・地方都市中心駅」の

イメージを脳裏に焼きつけ、松江駅の姿を想像した。


すると、その予想は見事に裏切られ、

スマートなコンクリート作りの近代的な姿が目に入る。

0001.gif

「うわぁ、なんか樟葉駅みたいや」。

比べる相手としてはどうかと思うが、でもそんな感じが。

確かに2階建て構造の2面4線。同じだ・・・。



寝不足の割りにすっきりした頭で急行だいせん降車。

くくりつけてあった自転車の輪行袋も問題なし。


一晩お世話になった20系だいせん5号を見送り、

僕は松江駅の階段を降りた。

改札を出た通路のところで早速自転車の組み立て。

急行だいせんの客が去った後は静かな松江駅構内。

落ち着いて、集中して作業できた。


そして、僕は走り出した。

くにびき大橋を渡り、島根大学の横を走りぬけ、

島根半島にある七類港を目指して!


posted by smilykaz at 16:43 | 東京 ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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