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2009年01月04日

身近にあるローカル線を追って 長尾駅〜木津駅

中学3年の受験をひかえる時期、

僕はなかなか旅行に行けずウズウズしていた。

そしてこの頃、僕はもうひとつの趣味に目覚めた。

それは自転車だ。   自転車趣味サイト 



結構本格的なロードレーサーを購入し、それに乗り

あちらこちらに行くようになっていたのだ。



そこで今回のターゲットとなったのが国鉄片町線。

今でこそ通称学研都市線と呼ばれるようになり、

学生客で常に賑わう様な路線に生まれ変わったが、

当時は全然違った。



まず、今のように東西線が開業しておらず、

京橋の次が片町駅。終端駅だった。

京橋でほとんどの乗客が環状線や京阪電車に乗換。

片町駅にはガラガラの電車が到着、というように、

都会の中のエアポケットのような場所。片町駅。



そんな駅からやってくる電車は一本残らず、

枚方市にある長尾駅で引き返してゆく。

木津・奈良方面への直通は全くないのだ。

それもそのはず。長尾駅から先は非電化だから。



それで、枚方市に住んでいながら忘れた存在だった

この片町線の非電化区間を自転車で辿る事にした。


長尾駅。

ここは電化区間の終点だけあって乗客がそこそこ。

といってもここから周辺の住宅地へは坂だらけ。

京阪バスが各方面に向かう。


京都府に入り、大住駅。

無人駅で小屋のような駅。


一休さんのお寺の横を通り少し行った所に田辺駅。

並行して通る近鉄新田辺駅の賑わいとは裏腹に

静まり返った古い木造駅舎がゆっくりと時を刻む。


さらに少し行ったところにあるはずの上田辺駅。

気付かず通り過ぎてしまった。

今はJR三山木として、大きな駅に建て替えられた。



県道をずっと南下すると、道沿いに駅が見えた。

と言ってもホームだけの駅。下狛駅。



そして、さらにしばらく南下すると祝園駅に着いた。

古い木造駅だが味わい深い駅舎だ。

丁度そこに列車が到着するところだった。

CCF20090104_00000_edited.jpg

キハ40を先頭に、キハ35との2両編成だ。

木津駅を目指すこの短い列車に僕は見とれていた。

CCF20090104_00001_edited.jpg

祝園駅で列車を見送ってから僕はゆっくり木津駅を

目指すことにした。

トレーニングを兼ねてそこそこのスピードで走ると

意外と早く木津駅に到着した。



片町線の起点駅木津は歴史がある駅舎と聞いたが

可愛らしい駅の雰囲気をもっていた。

参考までに当時の木津駅画像

さきほど見送った列車がゆったりと休憩していて、

次の出番を待っているようだった。
posted by smilykaz at 23:32 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影会中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

リバイバル運転 特急平和号

東京行きの切符を買いに行ってわずか一週間後

1983年7月23日、僕は

再び京都駅のホームに立っていた。



ちょうどこの頃、リバイバル列車が

ブームになりかけていた。

前の年には往年の名列車、「つばめ」「はと」

をリバイバル運転したと聞いていた。



そして、この日もそのニュースをつかみ、

京都駅に来ていたのだ。

しかも、先日のびわこ周遊さくら号と同様、

新聞の記事の中にそれを見つけたため、

運転日と大阪着の時刻だけをつかんでいた。

今年ここにやってくるのは「平和」号。

「さちかぜ」として生まれ、「平和」と改め、

後に「さくら」として長い間走った名車だ。

とはいえ、「平和」と呼ばれていた期間が

あまりに短く、なじみはなかった。

もっとも、その頃には生まれてさえいなかった。

それでも特別な列車にめぐり合えることは確かだ




さてこの日は友人数名が一緒にいた。

東京に一緒に行くはせやん。

そしてたなちゃん。



京都駅には何度も来ていたのだが、

意外にも、知らずにいた事実があった。

それは当時日本で一番長いホームが

京都駅1番ホームだったということだ。



たまたまそのことを直前に知ったので、

それを確かめに行った。



このホームはそのまま山陰線ホームへと

まっすぐ伸びており、500m以上あった。

今は、別の番号が振られているので、

この最長ホームという言い方は微妙だ。



それはそうとこのホームに急行丹後がとまっていた

CCF20081029_00000_edited.jpg

さて、大阪着の時間を考えるとそろそろ

「平和」号のホームに行かないと・・・・

そうして7番ホームに向かった。

すでにたくさんの人が集まり、カメラをかまえていた。



僕は8番線との間に留まっているEF58に

目を奪われながらも、東京方面の線路を見つめた。

CCF20080317_00002.jpg

その先からやってきたのは期待通り、

茶色のEF58 61号機だった。

青いヘッドマークをつけてやってきた。

その後ろにはブルーに白帯の車体が見える。



僕たちは夢中で写真を撮った。

そしてじっくり眺めた。また触った。

CCF20081028_00000.jpg

十分に満足して列車が出て行くのを見送った。


ただ、帰りの国鉄奈良線の車内で初老の男性が、

「昔の姿を期待して損した」とつぶやいていたのが

非常に印象的だった。



そのときは、14系座席車もカッコええのに・・・・

と子どもながらに思ったが、

25年経った今、僕は同じような事を

思うときがあるのだ。



写真の画像が一部乱れています。ご了承ください。

posted by smilykaz at 15:37 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影会中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

びわこ周遊さくら号がやってくる 1983年版 

1983年4月9日。

新聞の朝刊の片隅にある記事が目に付いた。

「今年も運行。びわこ周遊さくら号」



「うわぁ。写真撮りに行きたいなぁ

でも、この前京都に行ったばっかりやからなぁ」

そんな自問自答が一瞬浮かんだものの、

行きたい気持ちがはるかに上回り、

すっかり心は京都駅にあった。



まだ中学校生活が始まったばかり、

この日も午前中でおしまいという好都合の中、

急いで帰宅し、京阪電車に飛び乗った。



これまであまりご紹介していなかったが、

この頃の僕は近鉄経由で行くのではなく、

東福寺という駅で国鉄奈良線に乗り換え、

一駅で京都に着くという型を好んでいた。



それは紛れもなく、

あの七尾線のディーゼル車に魅せられ、

あの匂い、ノスタルジーを感じたかったからだ。

ちなみにこの頃の奈良線では

キハ30、キハ35といった車両が活躍していた。



そうして京都駅8番線ホームに着いた。

そこであることに気付いた。

「こないだと同じ所にまたEF58がとまってる」

CCF20081013_00001_edited.jpg

そう、この頃いつもここに留まっていた。

そして、その後も京都駅に来るたび、

まずこれを見るのが楽しみになった。



さて、そろそろびわこ周遊さくらが来る頃か・・・

この日の僕は正確な到着時刻のデータなど

持ってはいなかった。

なぜなら朝刊に書いてあった、「大阪着・・・」

だけを当てにしていたからだ。

「おそらく大阪までの所要時間30分ほどを

差し引きすればいいだろう。」

そんな思いで京都駅6番ホームに立っていた。

が、なかなか来ない。

一抹の不安とスリルを感じつつさらにもう少し

待っているとアナウンスが流れた。

「少々遅れておりましたびわこ周遊さくら号、

まもなく到着いたします。」

CCF20081013_00000_edited.jpg

わくわくしながら到着を見守った。

485系ボンネット車にさくら柄ヘッドマークは、

ブルトレのイメージからすると違和感があるが、

これはこれでいい感じだ。



遅れていたためか、

写真を撮り終えた頃にはすぐ出発の合図。

そして風のように去っていった。



この日撮影した写真はいずれも

出来はよくなかったが、

僕の胸には鮮明に刻まれている。






posted by smilykaz at 15:01 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影会中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

カズ少年は中学生になりました 

大沢達也君去りし後、

僕らはめでたく(いや順当に)中学生になった。



おかげで、僕の行動範囲も広がった。

まず、京都・大阪くらいなら自分ひとりで

行くようになったのもこの頃からだ。



そんな折、母から用事を頼まれて

西大路まで行くことになった。

西大路は京都から大阪方面の最初の駅だ。

その用事というのが、西大路駅近くの

「ワコール」本社に特注品の引き取りに行く

というものだった。



「ワコール」と聞いただけで「えエ゙!」と、

表記できないような声を出し、

『そんなとこ行かせるんかいな・・・』と思ったが、

京都駅に行くお金を出してもらえることは

かなり魅力だった。



それでもうひとつ条件交渉をした。

「あと二駅足のばして神足まで行ったらあかん?」

するとすんなりOKしてくれて、交渉成立!



それで僕は京都に出、神足(こうたり)に向かった。

いまは長岡京という駅名になっているらしい。

僕がそこに行きたかったのは、

神足駅の手前側に長く続いている「向日町運転所」

を見たかったからだ。

そこでは本当にたくさんの車両を一度に目にする。

485系車両は何編成も留まっている。

そのほとんどが雷鳥のHMだが、

時折違ったものが掲げられたりしている。

583系も同様だ。

「明星」や「彗星」、「なは」など予想通りだったが

なんと、九州特急「にちりん」のヘッドマークも!

期待を上回る楽しい時間を数分間過ごし、

電車は神足駅に着いた。

CCF20081010_00001_edited.jpg

さて、折り返し西大路駅に向かう。

ちょっぴり気が重かったが、そこは

もう一度逆から見る景色で気を紛らわせた。



西大路。ワコール本社に着いた。

約束の商品を受け取ったが、

そこには目立たないくらい小さく

wacoal」と書かれていた。

おそらく、社員の方のご配慮だったのだろう。



ホッとして、僕は京都に着いた。

するとすぐ隣りのホーム、2番線に

何か、変わったものが来るらしい。

「この列車は団体専用です。

ご乗車にならないようお気をつけください」

とのアナウンスがあり、列車が入ってきた。

僕の大好きなEF58が先頭に立ち、

引かれてきたのは、14系お座敷列車、

名古屋区の新型車両だった。

CCF20081010_00000_edited.jpg

「うわぁ。こんなん初めて見たわぁ。」

そう言ってバシバシ写真を撮った。

テールマークがいかにも名古屋!の車両だった。



興奮しながら、ワコールの紙袋を手に

僕は帰途に着いた。
posted by smilykaz at 15:39 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影会中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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