◆◇姉妹ブログ:ヘッドマーク・鉄道デザイン博物館へもぜひお越しください◇◆

2008年10月03日

さようなら583系寝台特急金星号 その2

ダイヤ改正の概要を聞くとそのほとんどは

鉄道ファンにとって胸を痛める話だ。

それはちょうどこの時期流れる

スポーツ選手の戦力外通告や任意引退の

ニュースにも似ているような気がする。

しかも、消えてゆく列車たちにはほとんど

移籍による生き残りの道はない。

まして、合同トライアウトのようなシステムもない。



あの日、そこまで神妙になっていたわけではないが、

なんとなくそんな事を思わせる出来事があった。



あまりにも急展開の撮影会だったため、

前準備も下調べもなく京都駅に来ていた僕は

構内放送に驚きと喜びを大いに感じた。

「長らくお待たせいたしました。

1番線に列車が参ります。

東京行き寝台特急出雲・・・」

CCF20081003_00000_edited.jpg

深夜の撮影がこれまで大阪駅のみだった僕は

大阪を通らないブルトレ「出雲」の存在を

ほとんど意識していなかったのだ。

しかし、まさにこの瞬間が来年の旅行の伏線となった。



DD51ディーゼル機関車からEF65PF機への交換を終え、

列車は京都から去っていった。

このころの出雲は2往復を誇る存在であり、

山陰という特殊区間を走ることもあり、

根強いファンと需要に支えられていた。

まさに現役バリバリの選手。



それに対し、今回のお目当て「金星」は、

数日後に引退を控えているせんしゅ。

まして、華々しいセレモニーの上野口特急たちとは

対照的なひっそりとした去り際。

なんだか、清原と野茂を感じてしまう。

CCF20081003_00001_edited.jpg

でもやってきた金星号は本当に美しかった。

今まで写真で見ていた以上にヘッドマークが

紫色に輝いて最後の力を振りしぼっているようにも思えた。



後日、大阪の交通科学館に行ったときのこと、

前回は金星のマークだった583系の展示車が

「なは」のマークに変更されていた。


posted by smilykaz at 15:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

さようなら583系寝台特急金星号 その1

鉄道の日から約1ヵ月後の11月。

1982年(昭和54年)11月と言えば、

多くの鉄道ファンの印象深い月ではないだろうか。

上越新幹線開業で、

上野口の特急が大量に廃止されたあの時。



でもそんな関東の動きか大々的に報じられる中、

静かに幕を引こうとしている夜行列車があった。

名古屋と博多を結んでいた「金星」号だ。

こんな事を言っては失礼だが、

関西の鉄道ファンにとっては非常に地味な存在。

下りの場合、京都発が午前1時17分。

だから当然大阪での客扱いはない。



しかし、僕には僕なりの思い入れがあった。

日中撮られた写真などでは紺色に見えるマークが

夜の写真だと紫がかっていてすごくきれいなのだ。



そんな話をしていた11月10日夜、親父は

「よし、写真撮りに行こか」と、

突然言い出し、僕に車に乗るようにと言った。

あまりの突然に呆然としながらも、

「・・・あ・・・うん・・いくいく」とカメラを手に出かけた。



夜11時過ぎ。国道1号線を北上し一路京都へ。

しかし、ふと燃料計を見ると、ガソリン「E」。

「大丈夫なん?ほんま大丈夫なん?」

と何度も聞いたが、親父は

「ガス欠したら、車の中で寝たらええねん」と気にもせず。

なかなかのスリルの中、とりあえず京都に到着した。

時刻は間もなく0時を迎えようとしていた。

posted by smilykaz at 14:19 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

鉄道記念日直前の大阪駅

CCF20080909_00002_edited.jpg

日中の大阪駅の撮影会は

夜とは違う顔で僕たちを迎えてくれた。

そして、サプライズ。



それは本当に興奮を巻き起こしてくれた。

でも、僕たちは普段通りやってきただけの

列車たちでも十分に満足だった。



いずれも今では見ることのできなくなった

列車たちの姿だ。

改めて、「まだまだディーゼル王国だったんだな」

と感じさせられる。

とりわけ、キハ82形特急車は美しい姿だ。

CCF20080909_00000_edited.jpg

しなやかな丸みがあって魅力的だ。

一方キハ181系はカクカクしていて無骨だ。

(それはそれでかっこいいと感じるようになったのは

高校生くらいになってからだった・・・)



さて、キハ58の急行丹波が留まっていたが、

よ〜く見てみると「準急」と書かれていた。

CCF20080909_00003_edited.jpg


たしか、昭和41年くらいまで準急だったので

その名残が残っていたのかも・・・

これもサプライズと言えばサプライズ。



その手のものならもう一つあった。

寝台特急明星が到着したとき、

CCF20080909_00004_edited.jpg

サイドの表示幕が違っている車両を見つけた。

「あさかぜ1号」と書かれていた。

こんな風に号数まで書いてあるものを見たのは

後にも先にもこの一度しかない。




時間はあっという間に過ぎていき、

11時半になるころ、

名古屋から急行比叡165系がやってきた。

CCF20080909_00001_edited.jpg

少し前までは153系だったらしいが、

変更されたようだ。

と言っても、今ではすごく懐かしい。


こうして振り返ると、色々な方の支えで

この楽しみを経験できていたことに気付かされる

旧姓小林先生!本当にありがとうございました!
posted by smilykaz at 23:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

鉄道記念日を目前にして。



季節は夏から秋へと移り、

鉄道記念日(今は鉄道の日というらしい)に近い、

10月11日(おそらく月曜日)に僕と友人数名、

そして、担任の小林先生が大阪駅に来ていた。

ちなみに先生は女性である。

しかもまだ20代半ばの。



別にどこかに出かけようとしていたわけではない。

なんと小林先生が、

「今度11日やったら先生の予定開いてんねんけど

電車の写真撮りに付き合ったげるで」


と、言って下さったのだ。



親も「先生と一緒やったらええやろ」

ということで、この計画とあいなったのだ。



僕たちはご機嫌で次々と写真撮影していった。

夜の大阪駅では見ることのできないものも

たくさんあった。

電車寝台特急「彗星」の583系は

ほんとにかっこ良かった。

CCF20080905_00000_edited.jpg

数ある絵入りヘッドマークの中でも

一番バランスのいいマークと感じ、

お気に入りだった。



さて、この日のメインイベントは

思わぬ形でやってきた。

つまり、こんなことがあるなんて

一切知らなかったのだが・・・・・

なんと、「鉄道110周年記念号」という

CCF20080905_00002_edited.jpg

スペシャル列車の運転日にたまたま

そこに、しかもそのホームに居合わせたのだ!



残念ながら人でごった返していたせいもあり、

手が震えていたこともあり、

写真のできはいまいちだったが、

記録写真にはなった。



それにしても、この偶然に驚くと共に

誘ってくださった小林先生に感謝だ。

(先生の体力、すごいなぁ。

このスポーツにむいてるかも・・・)

 CCF20080905_00001_edited.jpg
 
[PR] 秋から冬へ。お部屋全体ぽっかぽかでいたいよね!全方位温風ヒーターならニコニコ堂
posted by smilykaz at 14:12 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

鉄道写真 大撮影会 IN 大阪駅2!

CCF20080818_00002_edited.jpg
撮影した写真が完成し、小さなアルバムを肌身離さず持って歩いた。

まさに、穴が開くほど写真を見てにこにこの毎日だったが・・・・・


さすがに一ヶ月も経てば少しは変化があります。

今度は東京発着のブルートレインを見てみたい。写真を撮りたい。



そんな思いが騒ぎ立ち始め、またもや親父にねだった。



「あのなぁ、8月は夏休み中やったから遅く帰っても大丈夫やったし、

11時過ぎには帰ってきてたからまぁいいけど、

もう学校はじまっとるやろ。そら無理やで」


当然である。でも僕は食い下がった。


「9がつ15日は休みやで。

それにな、9がつ15日は神戸のポートピア81の最終日やから、

それまで、電車がすこし遅くまで走ってんねん」



我ながら、よく調べ上げたものだ・・・


そんなこんなで、9月14日の夜、連れて行ってもらえることになった。

しかし、本気で遅くまで付き合ってくれるつもりになったのか、

車で行くことになった。


到着して最初に目に入ってきたのは前回見た列車たちだった。



まだ絵入りのデザインになる前の気動車特急はまかぜ。

なんともいえない音の響きがすごく心を震わせてくれた。

そして、まだ関西発の寝台特急がにぎやかだったころの

象徴ともいえる583系明星、新潟行きブルートレインつるぎ、

客車急行ちくま と きたぐにがホームを出て行った。

そして、到着した雷鳥の最終が回送され、

ホームはいままでがうそのように静まり返った。



時間が止まったような感じだ。

そんな静寂の後、ついに待ち望んだ時がやってきた。

一番北側の11番線だ。

CCF20080818_00000_edited.jpg

東京行き寝台特急 瀬戸 号だ。

CCF20081110_00000.jpg

こんな遅い時間(あと7分で0時)なのに、写真を撮りに来てる人がいる!

自分たちだけじゃないことに驚きつつも、

今目の前にいるこいつが夢のようで夢中で写真を撮った。

次は長崎佐世保行き「さくら」だ。

下りのブルートレインのほとんどは3番線ホームから出る。

「あと3分でくるねん」

夢中で走り、ホームに上がると「さくら」の姿が見え始めていた。

CCF20081110_00003.jpg

その間、非情にも10番線に上りあさかぜが到着し、

あと言うまに去っていった。

「同時に来るんやもんな。ファンのことも考えてくれなあかんわ」

そんな事をつぶやきつつ、15分後のはやぶさを待った。

CCF20081110_00002_edited.jpg


こうして、上り下り次々来る列車たちを夢中で追いかけた。

そう、親父はまたもやこの「スポーツ」につき合わされたのだ。

0時半、みずほ を見送って、大阪駅は客扱いを終えた。

興奮冷めやらぬまま、「あしたでポートピア終わりやなぁ。あ、今日か」

そう、言った僕に親父は疲れた声で、「そやな」と言った。

CCF20080818_00001_edited.jpg
【クリスタル・クララ】無料お試し申込はこちら!ボトル2本プレゼント!!
posted by smilykaz at 16:25 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

鉄道写真 大撮影会 IN 大阪駅

めでたく京阪電車だけの世界から

国鉄デビューした僕ですが、こうなったら今度は

特急や急行も見てみたい・・・

というのが自然の流れですよね。



例にもれず、僕もその道を歩むようになりまして、

大阪駅に行ってみたいとねだるようになった。

そして、1981年8月1日、念願かなって

親父に連れられ大阪駅のホームにたった。



大阪環状線に乗って大阪駅に付く頃、

クリーム色に赤い帯の特急車両が目に入り、

興奮はピークに達した。



早速その車両のホームに向かう。

「たぶん雷鳥やと思うわ。いちばんぎょうさん来るからなぁ」

と小さなうんちくを並べながらホームに上がると、

485系ではなく381系。

そう、長野から来た特急しなのだ。



この瞬間、ぼくも特急の写真撮影デビューした。

それにしても一枚目がしなのとは思ってもいなかった。

急行銀河20系大阪駅にて.jpg
そのあと、次々やってくる雷鳥はもとより、

寝台特急あかつき、明星、彗星、日本海、

なつかしい急行の数々、そして

大好きなEF58機関車を写真に納めた。



約2時間にわたり、ホームをあちこちと走り回って

僕は思いっきり満喫した。

親父は言った。

「こんな激しいスポーツは久し振りやな」
Yahoo!、Googleの上位表示に効果的!掲載率99%以上の登録代行サービス!
Yahoo!、Googleの上位表示に効果的!掲載率99%以上の登録代行サービス!





posted by smilykaz at 19:51 | 東京 ☀ | Comment(0) | 撮り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
鉄道COMへGO!  にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道旅行へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。