◆◇姉妹ブログ:ヘッドマーク・鉄道デザイン博物館へもぜひお越しください◇◆

2008年12月17日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その5

1985年6月某日修学旅行四日目。

ついに帰る日となった。

(1日目から見たい方はこちらから)



帰りの道中は高速のない木曽路へのんびり向かい、

昨日通った白馬駅前、信濃大町、そして松本市街を

通り抜けて南下した。



国道19号線を塩尻で右折すると、

少し行った高架橋の左に塩尻駅が見えた。

その後、洗馬、日出塩あたりは線路が時折

かすかに見え、贄川駅のすぐ右側を国道が通った。


その後も気付かないうちに線路が反対側に移り、

奈良井ではまた右側になっていた。


そんな事を繰り返しながら、木曽福島町を過ぎた。


この頃から、今から立ち寄ろうとしていた馬籠宿の

説明をバスガイドさんが始めた。



島崎藤村の記念館のことやこんなことやそんなこと。



到着してその島崎藤村の記念館に入り、

友人の一人が言った。


「この家、トイレか全部で4つもあったで。」

「そのうち3つは観光客用やろ」

と0.3秒後には突っ込んだ。



同じ場所で、ジュースマニアの友人「信行」が、

「ここな、アンバサ売ってるで!」
と叫んでいた。

この頃、アンバサは関東や九州ではあったが、

関西では売られていなかったのだ。



さすがにこのあたりまで来ると疲れがピーク。

ここから先のことはほとんど寝ていて覚えていない。

途中、名神高速と新幹線が平行していた所以外は。

posted by smilykaz at 23:18 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その4

1985年6月某日修学旅行三日目。

(1日目から見たい方はこちらから)



枚方三中修学旅行生は班ごとに行き先が異なり、

白馬近郊のいくつかの博物館や記念館などに

出かけることになっていた。

選択肢についてはあまりよく覚えていないが、

酒蔵のなにがしとか美術館関係もあったような。



僕たちの目的地は大町にあるエネルギー博物館だ。

白馬駅の前を通り抜け、バスに乗り現地に向かった。


静かな森の中にある、素敵な場所だった。

1.jpg

プラネタリウムがほんとうに感動的だった。

BGMに喜多郎作曲のオリジナル曲が使われていて

スペシャル感がたっぷり漂っていた。



他にも大きなパラボラアンテナが館内の離れた場所に

向かい合って設置されていて会話が出来たり、

ソーラーパネルの話を聞かせていただいたり。

十分に楽しめる博物館だった。

        大町エネルギー博物館の詳細はこちら

お土産に、色が変わる液晶温度計を買って帰った。

信濃森上駅近くのロッジにふたたび戻る時、

白馬駅に165系電車が留まっているのが見えた。

本日の鉄分はこれで終わり。
posted by smilykaz at 14:44 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その3

1985年6月某日修学旅行二日目。

(1日目から見たい方はこちらから)



白馬での初日の夜の大雨の影響で、

地盤不良のため八方尾根への散策がに中止になり、

なんといきなり足止めを食らうことになった。

僕たちは
白馬のロッジで待機

・・・・・しているはずだった。



しかしはやる気持ちの中、ロッジを抜け出して

たった一人10分ほど歩いて大糸線の線路へ。


そして、ついについにお目当てのあいつがやってきた。

183系1000番台の特急あずさ だ。

CCF20081213_00001_edited.jpg

鍛えた腕で流し撮りを狙って・・・と思っていたのだが

なかなか近づいてこない。停まってる?

いや、ゆったり、ゆっくり近づいてきている。

単線の線路際に中学生がいるのが見えたからか?

よくわからないが、ゆったりと近づきそこで停まった。

CCF20081213_00002_edited.jpg

「えぇ〜っ?停まった!」

理由は分からないままだが、こんなサービス(?)

付きのスペシャル撮影会が行なわれた。

信濃森上駅方向、南小谷側の山々をバックに、

完全国鉄メークの183系あずさを堪能できた。

わずか3分ほどの後、特急あずさ はまたゆったりと

走っていった。



僕も、抜け出してきたロッジに戻ろうと走って帰った。

ちょうどタイミングよく、ロッジ前にみんなが出始め、

遅ればせながら、白馬山歩きショートコースに

出かける準備中だった。

うまく合流できた僕は、何事もなかったかのように

みんなにまじることができ、ホッとした。

posted by smilykaz at 17:33 | 東京 ☔ | Comment(3) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その2

1985年6月某日。

(1日目から見たい方はこちらから)



僕たち枚方三中3年生は修学旅行で白馬に来ていた。

予定ではいろいろと組まれていたのだが、

なんといきなり足止めを食らう出来事があった。

白馬での初日の夜、大雨が降ったため、

翌日は晴天になったとはいえ、八方尾根への散策が

地盤不良のために中止になってしまったのだ。



翌日以降の予定を早めるわけにもいかず、

どうするかを先生たちが話し合い検討しておられた。



ただただ待機するように言われていた中、

僕の心がうずうずと動き出していた。

それは、ロッジから歩いて10分ほどのところを通る

大糸線に特急あずさ が一日に1往復だけ来る事を

知っており、まさにその時間が迫っていたからだ。



僕はこっそりロッジを抜け出し、線路まで歩いた。

南小谷発新宿行き特急あずさ。その姿が・・・・・

「見えた!」

あの新宿駅で駅員に断られて以来ずっと

遠い存在だった あずさ にようやく会えたのだ。

CCF20081213_00000_edited.jpg

そして近づいてくる・・・・・
posted by smilykaz at 19:30 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その1

1985年6月某日。

僕たち枚方三中3年生は修学旅行で

信州・白馬を目指して出発した。



あくまでもこれは鉄道旅行の記録ではない。

それでも 「いつも心に鉄道を」 の精神で出発。

ほかの誰も持たないような大型時刻表を

かばんに忍ばせながらバスに乗り込んだ。



途中までは鉄道のかけらもない、

景色もほとんど楽しめない高速道路のバス旅行。

北陸自動車道に入り、北へ北へと移動し、

石川県小松市にある「安宅の関」という史跡で

少しの休憩をとった。 (源義経の物語の場所?)



再出発したが、まだしばらくは鉄道の気配もない。

バスは途中から下道を走り、国道8号線を北上。



ようやく僕のなかで盛り上がりを見せたのが、

富山県から新潟県に移るわずか手前、

北陸本線の線路と平行に国道が走るあたりからだ。



駅が見えてきた。「越中宮崎」。

お得意の流し撮りで駅名版の写真を撮った。

その後しばらくはおおむね線路に沿って走る。

yakei.jpg(現在の親不知付近)

親不知、子不知、青海の海岸沿いは、

何となく恐れを感じる海岸線でみんな左を見ていた。

僕はもちろん右の線路を夢中で見ていた。

特急白山の姿が見えた後、僕たちのバスは

糸魚川市内に入り、姫川沿いを今度は南下した。



頸城大野駅で大糸線との位置関係が少し分かった。

しかし、その後山間に入ると線路がどっちで

自分たちがどう走っているのかもよくわからないまま

上って上って、「高いところまで来たんだろうなぁ」

と感じた頃、左に南小谷の駅が見えた。



「ここまで来たらあと少し。」

時刻表を広げながら、「あと二駅!」「あと一駅」と

みんなのためにカウントダウンをしていた。

そして、僕たちの目指したところは、「白馬駅」

ではなく、ひとつ手前の「信濃森上駅」。・・・?

いや、駅ではなく、そこから少し山側のロッジつらら


先程確認したら今でもしっかり営業なさっています。

バスの長旅を終えて、僕らはロッジに入っていった。

ラグビー部のクラスメイトは夏合宿でも来たらしく、

嬉しそうにそのことを話していた。

posted by smilykaz at 18:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月05日

さようなら東京 寝台急行銀河の旅

CCF20081028_00002_edited.jpg

ゆっくり動き出した急行銀河。

照明を半分落としてひっそりした新幹線ホームを

横目に見ながら徐々に加速していった。



日中はあんなに華やいで見えた品川客車区や

東京機関区もブルートレインが次々出発した今

ガランとして静まり返っている。



20系の3段式寝台車は古めかしいかと思ったが、

意外とそうでもなかった。

僕は上段ベッド、はせやん は中段ベッドだった。



向かいに米原まで行くという大学生のお姉さんが

二人いて、飴ちゃんを二つくれた。

(あ、この飴ちゃんというのは関西しか言わないそうですね。←妻の指摘)

はせやん は出雲2号の時と同様、すぐに寝た。

ぼくも出雲2号のときと同様、通路で外を眺めて

しばらくの時を過ごした。



横浜駅を出ると、

「あぁ、本当に帰っちゃうんだなぁ」としみじみ感じ、

この寝台車での旅行の最終章にいることが

かなり寂しかった。



そしてついに、ぼくも寝ることにした。

翌朝もし起きることができたら米原で

向かいのお姉さん達を見送ろうかと思っていたが

気が付いたらすでに米原を発車して少し経過し、

列車は草津あたりを走っているところだった。

考えてみれば結構残り時間が少なくて焦った。



大津を過ぎ、京都に入る辺りはいつものトンネル。

トンネルを抜けると・・・・そこは雪国・・・

ではなく、僕たちの庭、京都駅だった。



ここで痛切に大沢達也ポリシーが理解できた。

「あぁ、もうちょっと余韻を楽しみたい!!」

後ろ髪を引かれるながら列車を降りた僕たちの

名残惜しい気持ちを知らん振りするように、

列車は大阪に向けて走り出してしまった。



さようなら急行銀河!

さようなら初めての夜行列車の旅!



<お詫び>記録したメモの日付に誤りがあったため
昨日までの記事は日付調整しました。
posted by smilykaz at 23:13 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

飛ぶように過ぎた東京(近郊)の日々。

1983年8月11日。

交通博物館でかなりの時間を過ごした。

やはり、「電車とバスの博物館」や鉄道展とは全く

スケールが違うと感じた。



さて、楽しかった鉄道三昧の日々はあっという間に

飛ぶように過ぎていってしまった。

8月12日夜、たまプラーザのイタリアンレストランで

最後の晩餐?を楽しみ、それから荷物を整理した

CCF20081204_00001_edited.jpg

いかにも鉄道ファンという記念写真を撮った。

ちなみに、首からぶら下げた数字は、京阪電車の

車両番号らしい。



こうして僕らは大沢君の家を出た。

東急百貨店の横を通り抜け、たまプラーザの駅へ。



記念にとっておきたくて、一枚余分に切符を買った。



大沢君とご両親、妹さんも東京まで同行してくれる。

急行半蔵門行き。動き出す列車の窓から、

遠ざかる東急百貨店の姿を追った。

さようならぁ。

(僕の中ではいまだに東急百貨店がたまプラーザの象徴的存在だ)




渋谷駅から山手線を上野回り。

途中、尾久客車区にたくさん留まっている車両。

日中走った疲れを癒すかのような雰囲気で、

みんな並んでいた。


そして、上野駅。

この先ここに来ることは二度とないかのような

寂しさを感じながら、(なんと大げさ!)

秋葉原、神田をも見送った。



ついに東京駅。

さすがにこの駅は遅い時間もにぎやかだ。

ホームの発車案内板には、急行銀河と大垣夜行が

表示されている。


急行銀河の姿が見えた。

先日見た、九州夜行特急と同じような工程で、

準備が進む。

その間に僕たちは最後の写真を撮った。

CCF20081204_00002_edited.jpg

その後、25年近く経とうとしているが、その間に

東京へは何度となく行くようになった。

しかし、大沢達也君にはこのとき以来、

会っていない。

受験シーズンに連絡が途絶えてしまってから、

大沢君はお父さんの転勤で何度も引越し、

行方が分からなくなってしまったからだ。
posted by smilykaz at 17:43 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

サンシャイン60からふたたび東京駅・上野駅

CCF20081203_00001_edited.jpg

サンシャイン60。

当時日本一だった60階建て240Mは確かに高かった

そして、60階まで一気に昇るエレベーターは35秒で

着いてしまうほどの凄まじい速さで、

耳がつーんとなってしまった。

上から見下ろすとあっちにもこっちにも

鉄道模型が走っているように見える。

街全体がミニチュアのようだった。



そうして時間を過ごし、適度に東京見物をして、

ふたたび「追っかけ」に戻った。時刻は3時30分過ぎ

まずは東京駅のブルートレインの準備作業!

(立ち会っても僕らは何の役にも立たないが、

自分たちが行かないと始まらないような気分。)



早速品川方面からやってくる寝台特急さくらの姿。

停車した後EF65PF機の切り離し、付け替え作業

赤い旗を手に、作業員が機関車にしがみつく。

その様子が非常に楽しい。


準備が進む中、隣りのホームには次に出発の

西鹿児島行き寝台特急はやぶさ が到着。

CCF20081126_00004_edited.jpg

その後、さくら号を見送り、

入れ替わりでやってくる同じく寝台特急みずほ、富士

あさかぜ1号、出雲1号まで同じようにして追っかけた。



さて、今度は上野駅だ。

ちょうどいいところに午前中撮り逃がしていた

特急ひたち が到着していた。

CCF20081126_00005_edited.jpg

どんどん暮れてゆく夕闇の中、

フラッシュのない僕のカメラも何とか写してってくれた

だんだん限界を感じ始めたが特急鳥海まではSAFE!

CCF20081126_00007_edited.jpg

この特急のヘッドマークはかなり新しいデザインで

485系の車体に映えてすごく綺麗だと感じた。



その後、写真はほぼ全滅だったが、

特急つばさ の、唯一残っていた上野直通が到着し、

寝台特急北陸と出羽が並んで出発を待つシーンも

みることができた。



激しく動き回った一日がこうして終わった。
posted by smilykaz at 22:33 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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