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2008年09月03日

さよなら能登・北陸


8月14日。

思い出深い、第二回能登旅行も帰りの日を迎えた。

親から離れての初めての旅行。

親がいたら絶対しなかったような経験もした。



富美子おばさんが七尾駅まで見送ってくれ、

七尾名物「みそまんじゅう」をお土産にくれた。

そうして僕らは駅を出発した。

帰りは急行能登路である。(たしか4号?)

やはり金沢までの時間は短く感じた。

線路沿いの電線をボーっと辿っているうちに

どんどん進んでいった。

本津幡、中津幡、津幡辺りは右向きの

長く大きなカーブだ。

そして北陸本線に合流、特急白山とすれ違った。

やがて、右側に大きな車両基地、

金沢運転所が見えた。

485系北越や雷鳥、475系急行型電車などもいる。

そして、金沢駅に着いた。

ちょうどお盆休み中で、ものすごい人ごみだった。

七尾線の0A、0Bホームも例外ではなかった。



改札を出て兼六園を見に行き、

特急白鳥に間に合うように駅に帰ってきた。

CCF20080903_00000_edited.jpg 

七尾線ホームには、臨時急行「ゆのはな」が

特製ヘッドマークをつけて留まっていた。

また、14系座席車で編成された雷鳥52号の姿も見えた。



そんな興奮のなか、帰りの白鳥号がやってきた。

帰りの道中はまたも寝て過ごしてしまった。

でも、加賀温泉駅で隣りのホームに留まっていた

475系急行型電車のヘッドマーク

(いわゆる北陸急行型マーク)が

名無しの白地だったことはよく覚えている。

そして、敦賀第二機関区の交流機たちの姿も

CCF20080903_00001_edited.jpg 

タイミングよく起きたので見ることができた。



列車はようやく夕暮れに沈みかけた京都駅に着いた。

冬のあの暗さと同じ時刻だとはにわかに信じがたい。

一抹の寂しさを抱えつつ僕らは近鉄ホームに向かった。


posted by smilykaz at 22:27 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

地方版ロマンスカーと海水浴



8月10日朝、旅行2日目、

僕は七尾駅に来てカメラを構えていた。

時刻表によると、急行能登路1号が

ロマンスカー連結でやってくると書いてあるのだ。

ここは地方の七尾線。

小田急のようなロマンスカーは来るはずもない。

はたして、どんなロマンスカーが来るんだろぅ?

ドキドキしながらその時を待った。



遠くに列車の陰が見え始めた。

「ん?」

いつものキハ58ではないか。

「あれ〜?」という気持ちで列車を迎えた。

そして、よく見ると先頭車に「ロマンスカー」

というステッカーが貼られていた。

CCF20080902_00001_edited.jpg

どうやら車両内部のグレードアップで、

外観上はステッカーのみの違いだったようだ。

でもまあせっかく来たのだからと、

写真に収めておいた。


CCF20080902_00000_edited.jpg

その日の午後、僕たちは海水浴に向かった。

七尾から3つ目の駅「笠師保」までドン行で行き、

歩いて20分ほどで海水浴場だ。

帰りの列車の時間を確認したので、

それに間に合うように夕方まで目いっぱい泳ぎ、

帰ろうとしたとき姉が、

「財布落としたみたい」と言い出した。

必死に探して見つけたが、列車はもう行った後。

次の列車は・・・・1時間後。
CCF20080902_00002_edited.jpg
気持ちを落ち着けようと、駅前の小さな商店で

焼きいもアイスを買い、食べながら姉が言った。

「次の駅まで線路の上を歩いてみよか?」



そうして約4キロの道のりを歩き出した。

枕木をひとつ飛ばしで歩くと結構な歩幅になる。

僕たちはどんどん進んでいった。

途中、踏切が鳴り出した。

線路から避けて一段下から見上げていると

上り急行能登路が通り過ぎていった。

また進み、小さな川の鉄橋を渡っていると

再び踏切が鳴り出した。 「急げ〜!」。

今度は下りの急行能登路だ。



結構長く歩きにくいウォーキングの末

約1時間後、田鶴浜駅が見えてきた。

そんな僕たちの後ろから、

次の列車の姿が見え始めていた。

田鶴浜駅で買った切符は硬券だった。

和倉温泉、七尾と、わずか二駅の汽車旅は長く感じた。

泳ぎ疲れ、歩き疲れて僕たちは帰途に着いた。
posted by smilykaz at 13:52 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

夏の北陸・能登旅行



初めての能登旅行から半年が過ぎたころ、

高校生の姉がこんな事を言い出した。



「あんたは連れてってもらったけど、

お姉ちゃんは電車で旅行なんか行ったことないわ」



確かに姉はそれまでず〜っと箱入りだったのだ。

でも先の一言が発端となって、

「それじゃぁ、カズと一緒に行ってみるか」と事が運び、

棚ボタ式でふたたび旅行にいけることになったのである。

ただし、「前回と同じ列車で行った方が安心やな」

と言われ、その段取りで進めることになった。

それからというもの、新しい時刻表を買い、調べまくった。

北陸本線のページだけヨレヨレになるほど。

そして、計画を立て始めた。



さて、僕にはひとつのねらいがあった。

本当は雷鳥17号に乗りたかったのである。

それは青いラインが特徴の

583系電車を使用しているからだ。



当日、前回と同様、京都駅のみどりの窓口で、

「雷鳥15号の指定席2枚ありますか?

禁煙席がいいんですけど・・・」


あえて禁煙席と言ったのは他でもない、

切符が取れないことを願ってのことだったのだ。



しかしそんな願い虚しく、親父の意向どおり、

雷鳥15号での旅行となった。



ひと通り前回と同じ行程を経て列車は金沢駅に着いた。

到着してひとつだけ、雷鳥15号で良かった!

と思う出来事があった。

前回485系ボンネットタイプだった「はくたか」が

貫通型の485系200番台の先頭車だったことだ。



当時遠い存在と思えた「上野口の特急」を

2タイプ見られて本当に嬉しかった。



さて、喜びを感じながら乗り換えに向かう。

あの、0A番ホームだ。人でごった返している。

僕たちがホームに着てから、列車は入ってきた。

扉が開き、僕は得意げに言った。


「見てみて、これ。

手でお開けくださいって書いてあるんやで」



しかし、姉はそんなことより座席に座りたかったらしい。

人でいっぱいの車内。

「疲れた〜。座りたい〜」と不機嫌になった姉と

2時間にわたる立ちっぱなしの旅が進んだ。

海水浴客で賑わう羽咋でもあまり人は減らず、

ようやく座れたのは七尾に着くほんの手前、

金丸駅を出てからだった。

CCF20080831_00000_edited.jpg

七尾に着いたとき、前回とは違い、

まだまだ明るい爽やかな夕焼け空だった。

迎えに来てくれていた富美子おばさんと

駅前のユニーで買い物をして家に向かった。



長距離旅行の教訓 : まずは座席をキープ!

さて、次回は能登での海水浴に行くお話だよ。

ではまたね。


posted by smilykaz at 23:43 | 東京 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

雪のお正月 −白鳥に乗って−

1981年12月31日

僕は生まれて初めて「紅白歌合戦」を見ない

大晦日を過ごした。



あくる朝、外は小雪がちらつき、

あまり経験したことのないお天気。

それでも気象庁の天気予報ではこのあとゆっくり回復するらしい。



さあ、能登旅行もいよいよ帰りの日だ。
CCF20080829_00000_edited.jpg

七尾駅で切符を購入した。

急行「能登路」と金沢からは特急「白鳥」だ。

ここでの初体験は、「硬券」の急行券。

それを珍しそうに見つめながら改札を入る。

すると、目の前の急行を見て

「うわぁ、この急行、ヘッドマークついてる!」

そう。立派な絵入りヘッドマークつきなのだ。



金沢までの時間はやけに短く感じた。

ホームを渡り、「白鳥」がやってくるはずのところへ。

するとそこにやってきたのは特急「加越」だった。

CCF20080829_00001_edited.jpg

「あっ、そうかぁ。この間、白鳥の前に加越とすれ違ったもんな。」

自分の中で一人で納得しながら「加越」の写真を撮り、

出発を見送り、次に来る「白鳥」を待った。



ついにやってきた。

なんとそこに来たのは普通の485系ではなく、

運転台上の前照灯が2連の、485系1500番台だった。

僕は絶叫した。曇り空など吹き飛ばすほど。

「これな、前は北海道で走ってたやつやで。

めっちゃ珍しいねんで。」


知っている限りのうんちくを並べ立てて興奮を表現した。



大満足のうちに金沢を後にし、

列車は帰りの線路を進んでいった。

どこからか、僕はすっかり眠っていたらしい。

目が覚めたのは湖西線の終わりのほう、

トンネルが立て続けにあるあたりだ。

「なんか耳がブオーンってなるなぁ」

「それやったらつばを飲み込んでみぃ」

そんな会話をしているうちに京都に到着した。

夕方6時をまわり、もう真っ暗だ。

僕たちは帰りを急ぎ、近鉄線乗り場に向かった。

CCF20080829_00002_edited.jpg
posted by smilykaz at 12:53 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

初めてのL特急とローカル線のディーゼルカーその3






雷鳥15号は金沢駅の一番北の端のホームで回送されるのを待っていた。

僕たちはそのホームから南側へと歩いて移動した。

そして、改札口に向かって左に目をやると、

あの独特のエンジン音を響かせて、

キハ20型気動車が留まっていた。



そこには2つの見慣れないものがあった。

まず、ホーム番号。

今まで見た駅はほとんど1番線、2番線、・・・・

とホームに番号がついていた。

例外としては、大阪駅の「環状1番」とか京都駅の「山陰1番」

といった類のものがあるが、

ここ、金沢駅の七尾線ホームは「0A」(ゼロエー)と「0B」

なのだ。



まず数字の「0」が使われている驚きと、

アルファベットが出てくる驚き。

かなりの衝撃だった。



次に驚いたのはキハ20の扉の前に立ったときだ。

「あれ、これ開かへんわ・・・・」

そう、僕はうまれて初めて「手動扉」の列車を見たのだ。

しかもよくみると、窓のところに

自動ではありません。手でお開けください

と、赤いペンキの手書き文字で書かれているではないか。

「へぇ〜っ。こんなん走ってんねんなぁ」

ものすごいショックだった。

そんな驚きも覚めやらぬ中、343D列車は走り出した。



さて、僕にはひとつの心配があった。

京都で切符を買ったとき、

特急券と乗車券がひとつになったものを購入したため、

金沢から先の乗車券がないことに気付いていたからだ。

(初めてのL特急とローカル線のディーゼルカーその1参照)

「どこで買うたらええんやろぅ?」

そんな心配を知ってか知らずか車掌さんが近づいてきた。

といっても、いろいろな人と立ち話しながら・・・・

「あっ、車掌さんが切符売ってはる!」
CCF20080827_00000_edited.jpg
こうして、これまた生まれて初めての車内販売切符を購入した。

羽咋を過ぎるころにはもう外は夕闇に包まれ始めた。

相席になったおばあさんは大きな荷物を持って

親しげに話しかけてくれたが、

千路で降りていかれた。



すっかり暗くなった窓の外をぼ〜っと眺めていると

良川についた。

駅名板を照らす裸電球がやけに哀愁を漂わせている。

そしてそこから3つ目の駅が目的地、七尾だ。



到着して乗客が皆改札を出るのを待って、

最後に僕たちは改札に向かった。

「なんで待つんやろ?」

僕は心の中でそう思ったが、

親父は切符を駅員に見せながら言った。

「すみません。今回はじめての鉄道旅行なんです。

記念にこの切符もらえませんか?」

駅員さんは「あまり人に言わないでくださいね」

といって「無効」印を押してくれた。



外はすっかり暗くなり雪もチラチラしている。

「富美子おばさん、待ってるかな」

そう言ってタクシーに乗り込んだ。

僕の初めての長距離旅行一日目はこうして終わった。

posted by smilykaz at 13:45 | 東京 ☁ | Comment(2) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月25日

初めてのL特急とローカル線のディーゼルカーその2

上位表示10以内を保証

CCF20080825_00000_edited.jpgついに、初めての特急旅行が始まった。

金沢行きL特急雷鳥15号である。

扉が開き、中に入ると今まで見たことのない世界が広がっていた。

そしてわくわくしながら自分の座席を探した。



席をとるとすぐ、親父はある場所に連れて行ってくれた。

そう、食堂車だ。

12両編成の中ほどにそれはあった。

親父はカレーライス、僕はサンドイッチセットを注文した。

カレーは、あのいかにもカレーですっ!

という感じの器にはいってルーが運ばれてきた。

「日本食堂、やるねぇ〜」なんて言いながら、

自分のサンドイッチセットが来るのを待った。



京都から湖西線の、トンネルだらけの区間が過ぎると、

右手に琵琶湖の景色が目に入り、

それを眺めながらのリッチな?(たかがサンドイッチ・・・)ランチタイムだった。



敦賀が近づくと赤い交流電気機関車EF70の大群がそこにいた。

敦賀第二機関区だ。

もちろん大阪や京都では決して見ることのできないものだ。

それらを堪能していると最初の停車駅、敦賀に着いた。



その後、福井、芦原温泉、加賀温泉、小松に停車し、

終点金沢に向かうのだが、

その辺りから僕はすれ違う列車を見るために窓に張り付いていた。

時刻表によると、金沢に付く前に「加越」と「白鳥」の2列車が

すれ違うことになっている。


「加越」とすれ違った。

そして「白鳥」・・・・

あれ、こないなぁおくれてるのかなぁ・・・・

西金沢を通過。きたっ!!

その瞬間、カメラのシャッターをきった。

CCF20080825_00001_edited.jpg(反射的にしては上出来?)

そして列車はゆっくりと金沢駅に滑り込んだ。

まだ高架になる前の古ぼけた、いや味わいのあるホームだ。



列車を降りるとすぐ隣りの線路に

名古屋から来た「しらさぎ」が入ってきた。

さらにその隣りには上野から「はくたか」がすでに到着している。

CCF20080825_00002_edited.jpg

初めて見る特急列車の数々に、

ぼくのテンションはピークに達していた。



しかし、目的地はここ金沢ではない。

「七尾線に乗り換えやな。急いで行こう!」

親父にそう言われ、慌しく跨線橋をわたった。

posted by smilykaz at 20:55 | 東京 ☔ | Comment(1) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

初めてのL特急とローカル線のディーゼルカーその1

時は流れて年の暮れ、1982年を迎えようとしていた頃、

親父が突然「七尾の富美子おばさんのとこに旅行しようか」と言い出した。

七尾・・・・それは石川県、能登半島最大の都市である。

距離的に見ても、大阪からの旅行としてはそこそこのボリュームがある。



「行く行く!」

当然の返事である。

それで初めて大型時刻表を買ってもらい、調べに調べた。

まさに穴だらけになるほど・・・



そして、

「金沢までは雷鳥に乗ったらいけるねん。

朝やったら、9号か11号ぐらいがええわ」


そういってとりあえずそのへんに目をつけた。

今考えると女性の服のサイズにもきこえるが・・・



そうして当日。

いつものように京阪電車で京都に向かった。

近鉄に乗り継ぎ、京都駅に着く。

「やっぱり国鉄の駅は一味ちがうわ」

そう言いながら生まれて初めて みどりの窓口 へ。



「すみません。雷鳥9号で金沢まで。大人と子ども一人ずつください。」

完璧だ・・・・。と思ったが、指定席は満席、

自由席もこの時期は座れないとの言葉に大きく動揺した。

しかも11号も同様だったのだ。



それで親父が助け舟を出した。

「何時の列車なら指定券とれますか?」

(なるほど、そうやって聞くのかぁ)

「12時半の雷鳥15号ならあいてますねぇ」
CCF20080820_00000_edited.jpg
「じゃあ、それでお願いします」



あっという間に決まってしまった。

ただ、約2時間の時間つぶしが必要になった。

しかも、お昼を食べに行くにはまだ早すぎる。



そう、そこでまたもや例のスポーツが始まろうとしていたのである。


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posted by smilykaz at 07:16 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

初めての鉄道旅行

私が鉄道に魅せられたのは小学校5年生の時。
友達が学校に持ってきていた本・・・たしかコロタン文庫?
とかいうシリーズで、●●全百科というタイトルの何冊かを見せてもらった時でした。
特急全百科、特急急行全百科、ブルートレイン全百科の他に、
ちょっと地味な、駅名全百科、国電全百科などもあり、
むさぼる様に読みあさっていました。

そんなころ、当時大阪の枚方というところに住んでいた私は
親戚が住んでいる奈良県の生駒というところまで
電車で行ってみないかと父に言われ、
「ついに電車旅行デビューだ!」とわくわくしながら
カメラや他の荷物を準備したのを覚えています。

ちなみに、車を運転するようになった今では
枚方→生駒が一山越しただけのお隣さんだとわかるのですが、
鉄道だけを利用すると結構な道のりでなかなかの小旅行なんです。

京阪電車樟葉駅から急行に乗り、京橋に向かいます。
ここまではよく利用する区間でもあり、
それほど新鮮なときめきはなかったのですが、
そこで乗り換えた大阪環状線はドキドキものでした。
だって、あの国電全百科に写真が載っていた103系電車が
次から次からやってくるんですよ。
言ってみれば、TVで見ている松田聖子やトシちゃんが
目の前にいるのと同じくらいの騒ぎでした。

それから鶴橋で乗り換え、近鉄のホームに立つとまた、
名古屋行きノンストップ特急とか、
見てみたかったものがてんこ盛りです。

鶴橋を出て布施を過ぎると急にひっそりとします。
名古屋行きが往来する大阪線から離れ、
奈良線に入ったからです。
でもそのあと、もう一つのサプライズがありました。
瓢箪山という駅で列車の切り離し作業があったのです。
京阪電車にはない、初めての光景でした。

その後、無事に東生駒駅に到着。
「おばちゃん、おひさしぶりです。」
posted by smilykaz at 10:30 | Comment(0) | 乗り鉄 小学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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