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2009年08月14日

高2の鉄道旅行記・ついにラストナイトVOL.1

松江の藤田さんのお宅で旅行中最後の夕食をいただき、

僕は最後の帰り支度を整えていった。

今夜の宿泊場所は急行だいせん。号数はない。

昨年は6号だったが、今は夜行一往復だけになったのだ。

そして、昨年乗ったちょっとリッチ気分の20系客車も

置き換えられて、座席車は12系客車に変更された。

正真正銘の急行型。分相応の車両だ。

一方、寝台車両はブルートレインの14系。分不相応?

いろいろと変化はあった急行だいせん号だが、

僕にとっては大好きな客車列車で鉄道旅行を楽しめる、

そのことだけで十分満足だった。

急行だいせん号指定券(よく見ると米子から・・・)

この急行だいせん号について少し補足したいと思う。

当時6両編成で、大阪側から自由席1両、指定席2両。

そしてB寝台車3両の編成だった。

12系客車にはテールマークを掲げる幕がないので、

内照式の箱のようなテールマークが付けられていた。


そして、列車の始発駅は出雲市だが、

出雲市駅〜米子駅間は普通列車、さらに倉吉駅まで

快速列車扱いとなっていた。

そのためか、指定券をよくみると米子からの指定席。

つまり、乗車駅である松江駅から米子駅までは自由。

この事実に気付いたのは実際に急行だいせん号に

乗車してからのことだった。


さて、藤田さんは親切に松江駅まで車で送って下さった。

おかげで、この駅前で自転車を解体したり輪行袋を

広げたりせず、まっすぐ改札に向かうことができた。

藤田さんに心からの感謝と別れを告げ、通路を進んだ。

手回り品切符。行き先が高槻になっているのは「どこでもよかったから」

改札前の窓口で手回り品切符を発行してもらい、

階段を昇ったが、旅行に出た時にあれほど痛かった

日焼けの肌もすっかり冷めて少しの痛みもなかった。

つまり、それだけ時間経過した長い旅行だったと実感。


この階段は痛みではなく疲労のため長く感じたが、

僕の乗る4号車がちょうど真ん中あたりだったため、

階段を上がってすぐの位置で本当にホッとした。

やはり、長い旅行の最終日に自転車で日御碕まで

往復したのはちょっと過密スケジュールだったか。


そうして荷物をホーム上に置き、急行だいせん号の

到着を待ったが、そんな僕の隣りには自販機があった。

そう、興味がわくだけで実際に買うことのなかった一品、

二十世紀梨ドリンクの自販機だ。こいつともお別れだ。


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posted by smilykaz at 22:34 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(1) | 高2鉄道旅行・隠岐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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