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2009年04月08日

1986年冬 淀川鉄橋&赤川鉄橋

国鉄最後のダイヤ改正、1986年11月。

この改正は僕にとって結構大きなショックだった。

なぜなら、初めて写真撮影に行ったあの大阪駅で

初めて見た特急列車たちの一つが消えたのだ。

それは「まつかぜ」。

そして同時に急行丹波・だいせん(夜行を除く)。


キハ82からキハ181に代わった時も残念だったが、

それとは比べ物にならない変化。名前が消えた。


入れ替わるように登場したのがL特急北近畿だ。

まつかぜが消えたのは寂しかったが、考えてみると

電車化された まつかぜ を見たいかというと微妙。


又、この北近畿の183系車両は485系からの改造で、

先頭車には独特の一枚貫通扉がついていて、

ちょっと気になる存在だった。

かっこいいとは思わなかったが・・・・


大きな地図で見る

そんなダイヤ改正後の冬休み、僕は自転車で

淀川鉄橋のところに出かけていった。

残念ながらカメラを持っていなかったが、

思ったとおり北近畿はやってきた。


ヘッドマークのデザインが結構良くて、ちょっと納得。

こうして、福知山線電化開業に伴う変化を受入れた。

それはJR化前の一足速い新時代の幕開けだった。


帰りの道中、淀川堤防を進むと短時間で赤川鉄橋。

知る人ぞ知る、鉄道と歩道の共同橋だ。

そして、DD51率いる貨物列車が走って来た。

城東貨物線と呼ばれたこの路線は都会の中の

ローカル線といった雰囲気をもつ非電化路線だ。


福知山線の電化で一気にローカル線の色が消失!

と、思われた大阪近辺にまだこんな路線がある。

そう思うととても嬉しかった。



そんな思いで過ごした高1の冬から高2の春。

そうして1年ぶりの旅行計画が進み始めた。

高2の夏、1987年も2本立ての旅行計画だ!



追記: 城東貨物線は、おおさか東線として旅客線に

    変更する整備が進められており、一部開業済。

    赤川鉄橋を含む部分は将来的に開業予定。
posted by smilykaz at 21:47 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道写真撮影会高校1年編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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