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2009年02月10日

夜行急行だいせん5号の旅

CCF20090119_00001_edited.jpg
 

国鉄最後の夏、1986年。

急行だいせん は、まだ3往復の勢力を誇っており、

そのうち一往復、5号と6号が寝台車付きの夜行列車。


編成は20系を使用し、一部が座席車となっている。

寝台車両と同じ屋根の高さを持つこの車両ナハ21

は、とにかく開放感がすごい。

それまでも、それ以降も味わったことのない感覚。

写真は撮っていないが写真付きの記事を見つけたのでご紹介。
国鉄・私鉄の思い出様サイト


初めての輪行の旅となるが、自転車もしっかり固定。

まずは一安心だ。

さて、指定席をとった僕だが、いきなり満席状態。

「あんなに簡単に切符がとれたのに・・・・」

そんな思いと驚きが交錯する。

でも、先ほどの20系臨時寝台特急の宴を思えば、

急行だいせん だけ空席多数の訳はないと納得した。

そんなこんなで切符で指定されたとおりの通路側席。



いよいよ出発。先頭のDD51が甲高い汽笛を鳴らす。

動き出し大阪駅のホームがだんだん遠ざかっていく。

ほんの少しで淀川鉄橋に差し掛かる。

大きな音をたてて走っていくが、客車ならではの、

純粋にレールから響く音に、久々の新鮮さを感じる。


列車はやがて、尼崎から福知山線に入る。

非常にゆったりとしたペースで進んでゆく。

僕は大阪駅前の旭屋書店で買った本を読んだり、

時々乗降口に行って外の景色を眺めたりした。


その後、僕はトイレに入ってあることに気付いた。

ちょうどトイレのところに列車の方向幕があるぞ。

いたずらなどするつもりはないが、少し指で回る。

ほんの少し回すと、すでに区間廃止となった、

急行だいせん大社行きの方向幕が見えた。


すぐに元に戻して、僕はトイレを出た。

それから再び座席に戻り、本を読むことにしたが、

一つの疑問が起こった。

「この照明、いつ消えるんやろう?」

この疑問の答えが確定したのは次の日の朝だ。


やがて、山陰本線との合流点、福知山駅に着いた。

この駅で少し長目の休憩となる。

鉄道旅行の夜は長い。


※お詫び。 「鉄道旅行1986年版は2本立て!
       の記事で、急行だいせんの車両を
       12系と書いていましたが、それは次
       の年の旅行時のデータでした。




posted by smilykaz at 22:51 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行高校1年生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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