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2008年12月12日

1985年。中3修学旅行の信州、白馬。その1

1985年6月某日。

僕たち枚方三中3年生は修学旅行で

信州・白馬を目指して出発した。



あくまでもこれは鉄道旅行の記録ではない。

それでも 「いつも心に鉄道を」 の精神で出発。

ほかの誰も持たないような大型時刻表を

かばんに忍ばせながらバスに乗り込んだ。



途中までは鉄道のかけらもない、

景色もほとんど楽しめない高速道路のバス旅行。

北陸自動車道に入り、北へ北へと移動し、

石川県小松市にある「安宅の関」という史跡で

少しの休憩をとった。 (源義経の物語の場所?)



再出発したが、まだしばらくは鉄道の気配もない。

バスは途中から下道を走り、国道8号線を北上。



ようやく僕のなかで盛り上がりを見せたのが、

富山県から新潟県に移るわずか手前、

北陸本線の線路と平行に国道が走るあたりからだ。



駅が見えてきた。「越中宮崎」。

お得意の流し撮りで駅名版の写真を撮った。

その後しばらくはおおむね線路に沿って走る。

yakei.jpg(現在の親不知付近)

親不知、子不知、青海の海岸沿いは、

何となく恐れを感じる海岸線でみんな左を見ていた。

僕はもちろん右の線路を夢中で見ていた。

特急白山の姿が見えた後、僕たちのバスは

糸魚川市内に入り、姫川沿いを今度は南下した。



頸城大野駅で大糸線との位置関係が少し分かった。

しかし、その後山間に入ると線路がどっちで

自分たちがどう走っているのかもよくわからないまま

上って上って、「高いところまで来たんだろうなぁ」

と感じた頃、左に南小谷の駅が見えた。



「ここまで来たらあと少し。」

時刻表を広げながら、「あと二駅!」「あと一駅」と

みんなのためにカウントダウンをしていた。

そして、僕たちの目指したところは、「白馬駅」

ではなく、ひとつ手前の「信濃森上駅」。・・・?

いや、駅ではなく、そこから少し山側のロッジつらら


先程確認したら今でもしっかり営業なさっています。

バスの長旅を終えて、僕らはロッジに入っていった。

ラグビー部のクラスメイトは夏合宿でも来たらしく、

嬉しそうにそのことを話していた。

posted by smilykaz at 18:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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