2008年11月07日

大沢達也君と共に行く いざ東京へその5

1983年8月・・すでに9日。

すれ違った寝台特急出雲3号と紀伊を見た後は、

とりあえずしばらく寝ようということになった。



すっかり眠い目の はせやん と

一番旅行慣れしている大沢達也はすんなり寝た。

でも僕は一人興奮冷めやらぬまま。

そこで通路の補助イスに座って外を眺めていた。

というのも、当時はまだ3段式寝台だったため、

上段の僕のベッドからは窓が見えなかったからだ。



流れ行く車窓を眺めていると列車は富士駅到着。

時刻表には載っていないので客扱いはない。

すでにこのホーム以外は蛍光灯も消され、

静まりかえっており、

隣りのホームには身延線カラーの赤に白帯電車が

眠っているようにも見える。

(参考資料 : WIKIPEDIAより↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:JRC-EC115-2000-Minobu.jpg



列車は再び走り出した。

そのあといくらかの時間僕も眠った。

次に目覚めたのは朝6時を目前にした、

横浜駅到着の案内放送の時だった。

特に気にしてはいなかったが、

京都で僕たちが乗ってからは車内放送がまったく

途絶えていたという事にそこで改めて気付いた。



横浜を出るとラストスパート。

残りはわずか25分ほどだ。

大沢達也式のこだわりがその時少し理解できた。

つまり、
手前の駅で降りた方がたとえ便利でも、

終点まで行って余韻を楽しみたい 
という思い。



残りわずかになったその時間、

ずっと外を眺めていた。

東京機関区、品川客車区、田町電車区。

それら車両基地を見るだけでも眠気は消えた。

そして、そこに「サロンエクスプレス東京」の姿も!

ジョイフルトレインの始まりとも言うべきこの列車、

興奮は最高潮に達した。




そして、6時25分。

列車は定刻どおりに東京に到着。

僕らはほとんどすべての乗客が降りたのを見て

名残惜しい思いいっぱいでタラップを降りた。



早朝の東京駅はもうすでに通勤客の波で

ごった返していた。



「おぉ〜ここが東京かぁ」

そうつぶやきながら、あの有名な

レンガ造りの丸の内口に向かった。



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posted by smilykaz at 15:13 | 東京 晴れ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道旅行中学生編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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