すれ違った寝台特急出雲3号と紀伊を見た後は、
とりあえずしばらく寝ようということになった。
すっかり眠い目の はせやん と
一番旅行慣れしている大沢達也はすんなり寝た。
でも僕は一人興奮冷めやらぬまま。
そこで通路の補助イスに座って外を眺めていた。
というのも、当時はまだ3段式寝台だったため、
上段の僕のベッドからは窓が見えなかったからだ。
流れ行く車窓を眺めていると列車は富士駅到着。
時刻表には載っていないので客扱いはない。
すでにこのホーム以外は蛍光灯も消され、
静まりかえっており、
隣りのホームには身延線カラーの赤に白帯電車が
眠っているようにも見える。
(参考資料 : WIKIPEDIAより↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:JRC-EC115-2000-Minobu.jpg
列車は再び走り出した。
そのあといくらかの時間僕も眠った。
次に目覚めたのは朝6時を目前にした、
横浜駅到着の案内放送の時だった。
特に気にしてはいなかったが、
京都で僕たちが乗ってからは車内放送がまったく
途絶えていたという事にそこで改めて気付いた。
横浜を出るとラストスパート。
残りはわずか25分ほどだ。
大沢達也式のこだわりがその時少し理解できた。
つまり、手前の駅で降りた方がたとえ便利でも、
終点まで行って余韻を楽しみたい という思い。
残りわずかになったその時間、
ずっと外を眺めていた。
東京機関区、品川客車区、田町電車区。
それら車両基地を見るだけでも眠気は消えた。
そして、そこに「サロンエクスプレス東京」の姿も!
ジョイフルトレインの始まりとも言うべきこの列車、
興奮は最高潮に達した。
そして、6時25分。
列車は定刻どおりに東京に到着。
僕らはほとんどすべての乗客が降りたのを見て
名残惜しい思いいっぱいでタラップを降りた。
早朝の東京駅はもうすでに通勤客の波で
ごった返していた。
「おぉ〜ここが東京かぁ」
そうつぶやきながら、あの有名な
レンガ造りの丸の内口に向かった。
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